くしも自分がかなり風采の好い男だとは思っていました。しかしまあ世間普通の好男子ですね。世間でおめかしをした Adonis なんどと云う性《たち》で、娘子の好く青年士官や、服屋の見本にかいてある男にある顔なのです。そこでわたくしは非常に反抗心を起したのです。どうにかして本当の好男子になろうとしたのですね。
 女。それはわたくしに分かっていましたの。
 男。夜寝られないと、わたくしは夜どおしこんな事を思っていました。あんな亭主を持っているあなたがわたくしをなんになさるのだろうと云うのです。それからもしや御亭主が馬鹿ではあるまいかと思ってみました。いったんはそう思って自分を慰めてみましたが、また思ってみると、自分だって世間並の男一匹の智慧しか持っていないのに気が附かずにはいられなかったのですね。それに反してあの写真の男の額からは、才気が毫光《ごうこう》のさすように溢れて出ているでしょう。どうしてもわたくしのどこをあなたが好いて下さるか分からなかったのです。そこでわたくしは必死になってあの写真と競争してみる気になったのです。
 女。それも分かっていましたの。
 男。そこで服を一番いい服屋で拵《
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング