ているだろうと思うのです。(勝ち誇りたる気色《けしき》にて女を見る。)
女。(小声にて。)そんならあなたはわたくしのような性《たち》の女が手紙を落すつもりでなくて落すものだとお思いなさるの。
男。なんですと。
女。夫を持っていて色をしようと云う女に、手紙の始末ぐらいが出来ないものでございましょうか。あなたのお考えなさるように、わたくしがやたらむしょうに手紙を落しなんかしようものなら、わたくしもう疾《と》っくに頸の骨を折ってしまうはずではございますまいか。
男。なんですと。そんならあなたはわざとあの手紙を落したとおっしゃるのですか。
女。それは知れた事じゃございませんか。
男。(呆れて。)そんならなんのためにお落しなすったのです。
女。それもあなたには知れているはずじゃございませんか。あなたに宅の主人をお目に掛けて、あなたの恋をさましてお上げ申したのですわ。
男。それがなんになるのですか。
女。それはわたくし悲劇が嫌だからでございますの。ちょうどいい時節が来たので、手紙を落します。するとあなたが段々わたくしに構わないようにおなりなさる。そこで平和の中《うち》にお別れが出
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