しかしこれから生ひ立つて行く子供の元氣は盛んなもので、只おばあ樣のお土産が乏しくなつたばかりでなく、おつ母樣《かさま》の不機嫌になつたのにも、程なく馴れて、格別|萎《しを》れた樣子もなく、相變らず小さい爭鬪と小さい和睦との刻々に交代する、賑やかな生活を續けてゐる。そして「遠い/\所へ往つて歸らぬ」と言ひ聞された父の代りに、このおばあ樣の來るのを歡迎してゐる。
 これに反して、厄難《やくなん》に逢つてからこのかた、いつも同じやうな悔恨と悲痛との外に、何物をも心に受け入れることの出來なくなつた太郎兵衞の女房は、手厚くみついでくれ、親切に慰めてくれる母に對しても、ろく/\感謝の意をも表することがない。母がいつ來ても、同じやうな繰言《くりごと》を聞せて歸すのである。
 厄難に逢つた初には、女房は只茫然と目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つてゐて、食事も子供のために、器械的に世話をするだけで、自分は殆ど何も食はずに、頻《しきり》に咽が乾くと云つては、湯を少しづつ呑んでゐた。夜は疲れてぐつすり寢たかと思ふと、度々目を醒まして溜息を衝く。それから起きて、夜なかに裁縫などをすること
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