ざんじ》も君側を離れぬ新參十太夫の勤振と連係してゐることは、言ふまでもなかった。併し獨り十太夫に廉立った瑕瑾がないばかりでなく、政事向にも廉立った過失がない。利章等は只|殆《ほとん》ど本能的に形勢の變じて行くのを感ずるだけである。
 利章等は眼を鋭くして見た。そして次第にその變じて行く形勢を見分けることが出來た。
 先づ認められるのは政事向一般に弛《ゆる》みが出た事である。忠之の表へ出座する時刻が遲れ勝になり、奥へ引籠む時刻が早目になった。随《したがつ》て役人等も遲く出て早く引くやうになつた。忠之は參府の間も此習慣の儘《まゝ》に振舞って、登城に遲れ、又早目に退出するのである。領國から江戸への使者、豐後にをる徳川家の目附への使者なども、前々よりは日取りが繰り下げられるやうになつた。
 次に認められるのは、兎角物事が輕々しく成り立って慌《あわ》ただしく改められる事である。最甚《もつともはなはだ》しい一例は、江戸への使者を、初に森正左衞門に命じ、次いで月瀬|右馬允《うめのじよう》に改め、又元の森に改め、終《つひ》に坪田正右衞門に改めたのである。人を任用する上にも、きのふまで目を懸けて使はれた
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