告げる事、以上五箇條である。今異數の拔擢《ばつてき》を蒙《かうむ》つてゐる十太夫は、心底の知れぬものなので、若し右の第二に當るものではなからうかと、三人は朝夕目を附けてゐた。
 併し十太夫の勤振《つとめぶり》にはこれと云ふ廉立《かどだ》つた瑕瑾《かきん》が無い。只《たゞ》利章等が最初に心附いたのは、これまで自分等の手を經て行はれた事が、段々自分等の知らぬ内に極まるやうになると云ふだけである。そう云ふ風に忠之と下役のものとが、直に取り計らふ件々は、最初どうでも好いやうな、瑣細《ささい》な事ばかりであつたが、それがいつの間にか稍《やゝ》大きい事に及んで來た。利章等が跡からそれを役々のものに問ふと、別に仔細はない、只心附かなかつたと云ふ。かう云ふ問答が度重なる。利章等は始終事件の跡を追つて行くやうな傾になつた。
 利章等は安からぬ事に思つた。そこで折々忠之に事務の手續が違つたのを訴へると、忠之も別に仔細はない、只心附かなかつたと云ふ。下《しも》に向いて糺《たゞ》しても、上《かみ》に向いて訴へても、何の效果も見えなかつた。
 利章等はいつか、どうにかして此惡弊を改めたいと思った。此惡弊が暫時《
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