柄《つか》を握っていた短刀で、抜打に虎蔵を切った。右の肩尖《かたさき》から乳へ掛けて切り下げたのである。虎蔵はよろけた。りよは二太刀三太刀切った。虎蔵は倒れた。
「見事じゃ。とどめは己が刺す」九郎右衛門は乗り掛かって吭《のど》を刺した。
 九郎右衛門は刀の血を虎蔵の袖で拭いた。そしてりよにも脇差を拭かせた。二人共目は涙ぐんでいた。
「宇平がこの場に居合せませんのが」と、りよは只一言云った。

 九郎右衛門等三人は河岸《かし》にある本多|伊予守頭取《いよのかみとうどり》の辻番所《つじばんしょ》に届け出た。辻番組合月番|西丸御小納戸鵜殿吉之丞《にしまるおこなんどうどのきちのじょう》の家来玉木勝三郎組合の辻番人が聞き取った。本多から大目附に届けた。辻番所組合遠藤|但馬守胤統《たじまのかみたねのり》から酒井|忠学《ただのり》の留守居へ知らせた。酒井家は今年四月に代替《だいがわり》がしているのである。
 酒井家から役人が来て、三人の口書《くちがき》を取って忠学に復命した。
 翌十四日の朝は護持院原一ぱいの見物人である。敵を討った三人の周囲へは、山本家の親戚が追々《おいおい》馳《は》せ附けた。三人
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