四五羽いるが、あれは皆お前に遣るから、食うとも売るとも、勝手にするが好《い》い。」
虎吉は呆《あき》れたような顔をして、石田の云うことを聞いていて、石田の詞《ことば》が切れると、何か云いそうにした。石田はそれを言わせずにこう云った。
「いや。お前の都合はあるかも知れないが、己はそう極めたのだから、お前の話を聞かなくても好い。」
石田はついと立って奥に這入った。虎吉は春に、「旦那からお暇《ひま》が出たのだかどうだか、伺ってくれろ」と頼んだ。石田は笑って、「己はそんな事は云わなかったと云え」と云った。
その晩は二十六|夜待《やまち》だというので、旭町で花火が上がる。石田は表側の縁に立って、百日紅の薄黒い花の上で、花火の散るのを見ている。そこへ春が来て、こう云った。
「今別当さんが鶏を縛って持って行きよります。雛《ひよこ》は置こうかと云いますが、置けと云いまっしょうか。」
「雛なんぞはいらんと云え。」
石田はやはり花火を見ていた。
底本:「阿部一族・舞姫」新潮文庫、新潮社
1968(昭和43)年4月20日発行
1985(昭和60)年5月20日36刷改版
199
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