モを表せざることを得なかった。
石田は鶏の事と卵の事とを知っていた。知って黙許していた。然るに鶏と卵とばかりではない。別当には 〔syste'matiquement〕 に発展させた、一種の面白い経理法があって、それを万事に適用しているのである。鶏を一しょに飼って、生んだ卵を皆自分で食うのは、唯この systeme を鶏に適用したに過ぎない。
石田はこう思って、覚えず微笑《ほほえ》んだ。春が、若《も》し自分のこんな話をしたことが、別当に知れては困るというのを、石田はなだめて、心配するには及ばないと云った。
石田は翌日米櫃やら、漬物桶やら、七釐やら、いろいろなものを島村に買い集めさせた。そして虎吉を呼んで、これまであった道具を、米櫃には米の這入《はい》っているまま、漬物桶には漬物の這入っているままで、みんな遣って、平気な顔をしてこう云った。
「これまで米だの何だのが、お前のと一しょになっていたそうだが、あれは己が気が附かなかったのだ。己は新しい道具を買ったから、これまでの道具はお前に遣る。まだこの外にもお前の物が台所にまぎれ込んでいるなら、遠慮をせずに皆持って行ってくれい。それから鶏が
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