んはこの話の裏面に、別に何物かがあるのを、石田に発見して貰いたいのである。ところが石田にはどうしてもそれが分らないらしい。どうも馬鹿なのだから、分らないでも為《し》ようがない。そこでじれったがりながら、反復して同じ事を言う。しかし自分の言うことが別当に聞えるのは強《こわ》いので、次第に声は小さくなるのである。とうとうしまいには石田の耳の根に摩《す》り寄って、こう云った。
「こねえな事を言うては悪うござりまするが、玉子は旦那様の鳥も生まんことはござりません。どれが生んでも、別当さんが自分の鳥が生んだというのでござりますがな。」
 婆あさんはおそるおそるこう云って、石田が怒って大声を出さねば好いがと思っていた。ところが石田は少しも感動しない。平気な顔をしている。婆あさんはじれったくてたまらない。今度は別当に知れても好いから怒って貰いたいような気がする。そしてとうとう馬鹿に附ける薬はないとあきらめた。
 石田は暫《しばら》く黙っていて、極めて冷然としてこう云った。
「己は玉子が食いたいときには買うて食う。」
 婆あさんは歯痒《はがゆ》いのを我慢するという風で、何か口の内でぶつぶつ云いながら、
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