だということであった。石田は又嫌な顔をしたが、やはり別当には何とも云わなかった。
四羽の鶏が屋敷中を※[#「求/食」、第4水準2−92−54]《あさ》って歩く。薄井の方の茄子畠《なすばたけ》に侵入して、爺さんに追われて帰ることもある。牝鶏同志で喧嘩《けんか》をするので、別当が強い奴を掴《つか》まえて伏籠に伏せて置く。伏籠はもう出来て来た新しいので、隣から借りた分は返してしまったのである。鳥屋《とや》は別当が薄井の爺さんにことわって、縁の下を為切《しき》って拵《こしら》えて、入口には板切と割竹とを互違《たがいちがい》に打ち附けた、不細工な格子戸を嵌《は》めた。
或日婆あさんが、石田の司令部から帰るのを待ち受けて、こう云った。
「別当さんの鳥が玉子を生んだそうで、旦那様が上がるなら上げてくれえと云いなさりますが。」
「いらんと云え。」
婆あさんは驚いたような顔をして引き下がった。これからは婆あさんが度々《たびたび》卵の話をする。どうも別当の牝鶏に限って卵を生んで、旦那様のは生まないというのである。婆あさんはこの話をするたびに、極めて声を小さくする。そして不思議だ不思議だという。婆あさ
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