」と云いながら、土間に降りる縁《えん》に出た。土間には虎吉が鳥に米を蒔《ま》いて遣って、蹲《しゃが》んで見ている。石田も鳥を見に出たのである。
大きな雄鶏《おんどり》である。総身の羽が赤褐色で、頸《くび》に柑子《こうじ》色の領巻《くびまき》があって、黒い尾を長く垂れている。
虎吉は人の悪そうな青黒い顔を挙げて、ぎょろりとした目で主人を見て、こう云った。
「旦那。こいつは肉が軟《やわらか》ですぜ。」
「食うのではない。」
「へえ。飼って置くのですか。」
「うむ。」
「そんなら、大屋さんの物置に伏籠《ふせご》の明いているのがあったから、あれを借りて来ましょう。」
「買うまでは借りても好い。」
こう云って置いて、石田は居間に帰って、刀を弔《つ》って、帽を被《かぶ》って玄関に出た。玄関には島村が磨いて置いた長靴がある。それを庭に卸して穿《は》く。がたがたいう音を聞き附けて婆あさんが出て来た。
「お外套《がいとう》は。」
「すぐ帰るからいらん。」
石田は鍛冶町を西へ真直に鳥町まで出た。そこに此間《こないだ》名刺を置いて歩いたとき見て置いた鳥屋がある。そこで牝鶏《めんどり》を一羽買って、伏
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