用いる。着意してあえて用いるのである。
 そして自分で自分に分疏《いいわけ》をする。それはこうである。古言は宝である。しかし什襲《じゅうしゅう》してこれを蔵しておくのは、宝の持ちぐされである。たとい尊重して用いずにおくにしても、用いざれば死物である。わたくしは宝を掘り出して活《い》かしてこれを用いる。わたくしは古言に新たなる性命を与える。古言の帯びている固有の色は、これがために滅びよう。しかしこれは新たなる性命に犠牲を供するのである。わたくしはこんな分疏をして、人の誚《そしり》をかえりみない。

 わたくしの意中にいわんと欲する一事があった。わたくしは紙を展《の》べて漫然空車と題した。題しおわってなんと読もうかと思った。音読すれば耳に聴いて何事ともわきまえがたい。しからばからぐるまと訓《よ》もうか。これはいかにもなつかしくないことばである。そのうえ軽そうに感ぜられる。やせた男が躁急に挽《ひ》いて行きそうに感ぜられる。この感じはわたくしの意中の車と合致しがたい。そこでわたくしはむなぐるまと訓むことにした。わたくしは着意してこの古言の帯びている時と所との色をうばって、新たなる語としてこれを
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