ると、ボオイがもう一杯水を持って来てくれた。
門番は話のあとをする。「潜水夫は一時間と三十分掛かって、包みを見付けたそうでございます。その間に秘密警察署の手で、今朝から誰があの川筋を通ったということを探りました。ベルリン中のホテルへ電話で問い合されました。ロシア人で宿泊しているものはないかと申すことで。」
「なぜロシア人というのだろう」と、おれは切れぎれに云った。
「襟に商標が押してございまして、それがロシアの商店ので。」
おれは椅子から立ち上がった。
「もういいもういい。そこで幾ら立て替えておいてくれたのかい。」
「六百マルクでございます。秘密警察署の方は官吏でございますから、報酬は取りませんが、私立探偵事務所の方がございますので。どうぞ悪しからず。それから潜水夫がお心付けを戴きたいと申しました。」
おれはすっかり気色を悪くして、もう今晩は駄目だと思った。もうなんにもすまいと思って、ただ町をぶらついていた。手には例の癪《しゃく》に障る包みを提げている。二三度そっと落してみた。すぐに誰かが拾って、にこにこした顔をしておれに渡してくれる。おれは方々見廻した。どこかに穴か、溝か、畠か
前へ
次へ
全15ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング