気で午食も旨く食った。襟を棄ててから、もう四時間たっている。まさか襟がさきへ帰ってはいまいとは思いながら、少しびくびくものでホテルへ帰った。さも忙しいという風をしてホテルの門を通り掛かった。門番が引き留めた。そしてうやうやしく一つの包みを渡すのである。同じ紙で包んで、同じ紐で縛ってある。おれははっと思うと、がっかりしてその椅子に倒れ掛かった。ボオイが水を一ぱい持って来てくれた。
 門番がこう云った。「いや、大した手数でございましたそうです。しかしまあ、万事無事に済みまして結構でございました。すぐに見付かればよろしいのでございますが、もうお落しになってから約八分たっていたそうで、すっかり水を含みまして、沈みかかっていたそうでございます。水上警察がそれを見付けて、すぐに非常号音を鳴らします。すぐに電話で潜水夫を呼び寄せます。無論同時に秘密警察署へも報告をいたしまして、私立探偵事務所二箇所へ知らせましたそうで。」
「なるほど。シエロック・ホルムス先生に知らせたのだね。」
 門番はおれの顔を見た。その見かたは慇懃《いんぎん》ではあるが、変に思っているという見かたであった。そしてボオイに合図をす
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