堂々たる男子が苦索して一句を成し得ないのを見た。彼輩《かのはい》は皆遠くこの少女に及ばぬのである。
此を始として温は度々魚家を訪ねた。二人の間には詩筒《しとう》の往反《おうへん》織るが如くになった。
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温は大中元年に、三十歳で太原《たいげん》から出て、始て進士の試《し》に応じた。自己の詩文は燭《しょく》一寸を燃《もや》さぬうちに成ったので、隣席のものが呻吟《しんぎん》するのを見て、これに手を仮《か》して遣《や》った。その後挙場に入る毎に七八人のために詩文を作る。その中には及第するものがある。ただ温のみはいつまでも及第しない。
これに反して場外の名は京師《けいし》に騒いで、大中四年に宰相になった令狐綯も、温を引見して度々筵席に列せしめた。ある日席上で綯が一の故事を問うた。それは荘子《そうし》に出ている事であった。温が直ちに答えたのは好《い》いが、その詞《ことば》は頗《すこぶ》る不謹慎であった。「それは南華に出ております。余り僻書《へきしょ》ではございません。相公《しょうこう》も※[#「燮」の「又」に代えて「火」、第3水準1−
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