ら帰る毎《ごと》に、玄機が温の事を問う。妓等もまた温に逢《あ》う毎に玄機の事を語るようになった。そしてとうとうある日温が魚家に訪ねて来た。美しい少女が詩を作ると云う話に、好奇心を起したのである。
温と玄機とが対面した。温の目に映じた玄機は将《まさ》に開かむとする牡丹《ぼたん》の花のような少女である。温は貴公子連と遊んではいるが、もう年は四十に達して、鍾馗の名に負《そむ》かぬ容貌をしている。開成の初に妻を迎えて、家には玄機とほとんど同年になる憲と云う子がいる。
玄機は襟《えり》を正して恭《うやうやし》く温を迎えた。初め妓等に接するが如き態度を以て接しようとした温は、覚えず容《かたち》を改めた。さて語を交えて見て、温は直に玄機が尋常の女でないことを知った。何故《なぜ》と云うに、この花の如き十五歳の少女には、些《ちと》の嬌羞《きょうしゅう》の色もなく、その口吻《こうふん》は男子に似ていたからである。
温は云った。「卿《けい》の詩を善くすることを聞いた。近業があるなら見せて下さい」と云った。
玄機は答えた。「児《じ》は不幸にして未《いま》だ良師を得ません。どうして近業の言うに足るものが
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