準1−88−76]目《うさいかんもく》の温が、二人の白面郎に侮られるのを見て、嘲謔《ちょうぎゃく》の目標にしていた妓等は、この時温の傍《そば》に一人寄り二人寄って、とうとう温を囲んで傾聴した。この時から妓等は温と親しくなった。温は妓の琴を借りて弾いたり、笛を借りて吹いたりする。吹弾《すいたん》の技も妓等の及ぶ所ではない。
 妓等が魚家に帰って、頻《しきり》に温の噂《うわさ》をするので、玄機がそれを聞いて師匠にしている措大に話すと、その男が驚いて云った。「温鍾馗と云うのは、恐らくは太原の温岐《おんき》の事だろう。またの名は庭※[#「竹かんむり/均」、第3水準1−89−63]《ていいん》、字《あざな》は飛卿《ひけい》である。挙場にあって八たび手を叉《こまぬ》けば八韻の詩が成るので、温八叉《おんはっしゃ》と云う諢名もある。鍾馗と云うのは、容貌《ようぼう》が醜怪だから言うのだ。当今の詩人では李商隠《りしょういん》を除いて、あの人の右に出るものはない。この二人に段成式《だんせいしき》を加えて三名家と云っているが、段はやや劣っている」と云った。
 それを聞いてからは、妓等が令狐の筵会《えんかい》か
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