大《きゅうそだい》を家に招いて、平仄《ひょうそく》や押韻の法を教えさせたのは、他日この子を揺金樹《ようきんじゅ》にしようと云う願があったからである。
大中十一年の春であった。魚家の妓《ぎ》数人が度々ある旗亭《きてい》から呼ばれた。客は宰相|令狐綯《れいことう》の家の公子で令狐※[#「さんずい+高」、195−7]《れいこかく》と云う人である。貴公子仲間の斐誠《ひせい》がいつも一しょに来る。それに今一人の相伴があって、この人は温姓《おんせい》で、令狐や斐に鍾馗《しょうき》々々と呼ばれている。公子二人は美服しているのに、温は独り汚れ垢《あか》ついた衣《きぬ》を着ていて、兎角《とかく》公子等に頤使《いし》せられるので、妓等は初め僮僕《どうぼく》ではないかと思った。然《しか》るに酒|酣《たけなわ》に耳熱して来ると、温鍾馗は二公子を白眼に視《み》て、叱咤《しった》怒号する。それから妓に琴を弾かせ、笛を吹かせて歌い出す。かつて聞いたことのない、美しい詞《ことば》を朗かな声で歌うのに、その音調が好く整っていて、しろう人《と》とは思われぬ程である。鍾馗の諢名《あだな》のある于思※[#「目+于」、第3水
前へ
次へ
全29ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング