来た。顔は美しくはないが、聡慧《そうけい》で媚態《びたい》があった。
陳が長安に帰って咸宜観に来たのは、艶陽三月の天であった。玄機がこれを迎える情は、渇した人が泉に臨むようであった。暫らくは陳がほとんど虚日のないように来た。その間に玄機は、度々陳が緑翹を揶揄《やゆ》するのを見た。しかし玄機は初め意に介せなかった。なぜと云うに、玄機の目中には女子としての緑翹はないと云って好《よ》い位であったからである。
玄機は今年二十六歳になっている。眉目《びもく》端正な顔が、迫り視《み》るべからざる程の気高い美しさを具えて、新《あらた》に浴を出た時には、琥珀色《こはくいろ》の光を放っている。豊かな肌は瑕《きず》のない玉のようである。緑翹は額の低い、頤《おとがい》の短い※[#「けものへん+渦のつくり」、第3水準1−87−77]子《かし》に似た顔で、手足は粗大である。領《えり》や肘はいつも垢膩《こうじ》に汚《けが》れている。玄機に緑翹を忌む心のなかったのは無理もない。
そのうち三人の関係が少しく紛糾して来た。これまでは玄機の挙措が意に満たぬ時、陳は寡言になったり、または全く口を噤《つぐ》んでいたりし
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