籠居《ろうきょ》して多く詩を作り、それを温に送って政を乞うた。温はこの詩を受けて読む毎に、語中に閨人《けいじん》の柔情《じゅうじょう》が漸く多く、道家の逸思がほとんど無いのを見て、訝《いぶか》しげに首を傾けた。玄機が李の妾《しょう》になって、幾《いくばく》もなく李と別れ、咸宜観に入って女道士になった顛末《てんまつ》は、悉《ことごと》く李の口から温の耳に入っていたのである。

       ――――――――――――――――――――

 七年程の月日が無事に立った。その時夢にも想わぬ災害が玄機の身の上に起って来た。
 咸通八年の暮に、陳が旅行をした。玄機は跡に残って寂しく時を送った。その頃《ころ》温に寄せた詩の中に、「満庭木葉愁風起《まんていのこのはしうふうおこり》、透幌紗窓惜月沈《くわうしやのまどをとほしつきのしづむををしむ》」と云う、例に無い悽惨《せいさん》な句がある。
 九年の初春に、まだ陳が帰らぬうちに、老婢が死んだ。親戚《しんせき》の恃《たの》むべきものもない媼は、兼《かね》て棺材まで準備していたので、玄機は送葬の事を計らって遣った。その跡へ緑翹《りょくぎょう》と云う十八歳の婢が
前へ 次へ
全29ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング