う》した玄機は、客の散じた後に、怏々《おうおう》として楽まない。夜が更けても眠らずに、目に涙を湛《たた》えている。そう云う夜旅中の温に寄せる詩を作ったことがある。
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寄飛卿《ひけいによす》
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※[#「土へん+皆」、205−11]砌乱蛩鳴《かいぜいらんきようなき》。 庭柯烟露清《ていかえんろきよし》。
月中隣楽響《げつちゆうりんがくひゞき》。 楼上遠山明《ろうじやうゑんざんあきらかなり》。
珍簟涼風到《ちんてんにりやうふういたり》。 瑶琴寄恨生《えうきんにきこんうまる》。
※[#「禾+(尤/山)」、第3水準1−47−84]君懶書札《けいくんしよさつにものうし》。 底物慰秋情《なにごとぞしうじやうをなぐさめん》。
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玄機は詩筒を発した後、日夜温の書の来《きた》るのを待った。さて日を経て温の書が来ると、玄機は失望したように見えた。これは温の書の罪ではない。玄機は求むる所のものがあって、自らその何物なるかを知らぬのである。
ある夜玄機は例の如く、燈《ともしび》の下《もと》に眉を蹙《ひそ》めて沈思していたが、漸《ようや》く不
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