安になって席を起ち、あちこち室内を歩いて、机の上の物を取っては、また直《すぐ》に放下しなどしていた。やや久しゅうして後、玄機は紙を展《の》べて詩を書いた。それは楽人|陳某《ちんぼう》に寄せる詩であった。陳某は十日ばかり前に、二三人の貴公子と共にただ一度玄機の所に来たのである。体格が雄偉で、面貌《めんぼう》の柔和な少年で、多く語らずに、始終微笑を帯びて玄機の挙止を凝視していた。年は玄機より少《わか》いのである。
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感懐寄人《かんくわいひとによす》
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恨寄朱絃上《うらみをしゆげんのうへによせ》。 含情意不任《じやうをふくめどもいまかせず》。 早知雲雨会《はやくもしるうんうのくわいするを》。
未起※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]蘭心《いまだおこさずけいらんのこゝろ》。 灼々桃兼李《しやく/\たるもゝとすもゝ》。 無妨国士尋《こくしのたづぬるをさまたぐるなし》。
蒼々松与桂《さう/\たるまつとかつら》。 仍羨世人欽《なほうらやむよのひとのあふぐを》。 月色庭階浄《げつしよくていかいにきよく》。
歌声竹院深《かせいちくゐんにふかし》
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