た。この女は名を采蘋《さいひん》と云った。ある日玄機が采蘋に書いて遣《や》った詩がある。
[#ここから5字下げ]
贈隣女《りんぢよにおくる》
[#ここから2字下げ]
羞日遮羅袖《ひをさけてらしうもてさへぎる》。 愁春懶起粧《はるをうれひてきしやうするにものうし》。
易求無価宝《もとめやすきはあたひなきたから》。 難得有心郎《えがたきはこゝろあるらう》。
枕上潜垂涙《ちんじやうひそかになみだをながし》。 花間暗断腸《くわかんひそかにはらわたをたつ》。
自能窺宋玉《みづからよくそうぎよくをうかゞふ》。 何必恨王昌《なんぞかならずしもわうしやうをうらまん》。
[#ここで字下げ終わり]
采蘋は体が小くて軽率であった。それに年が十六で、もう十九になっている玄機よりは少《わか》いので、始終|沈重《ちんちょう》な玄機に制馭《せいぎょ》せられていた。そして二人で争うと、いつも采蘋が負けて泣いた。そう云う事は日毎にあった。しかし二人は直《ただち》にまた和睦《わぼく》する。女道士仲間では、こう云う風に親しくするのを対食と名づけて、傍《かたわら》から揶揄《やゆ》する。それには羨《せん》と妬
前へ
次へ
全29ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング