《かわき》は口の渇を忘れさせる。女は酒を飲まないのである。
 箸のすばしこい男は、二三度反した肉の一切れを口に入れた。
 丈夫な白い歯で旨《うま》そうに噬《か》んだ。
 永遠に渇している目は動く※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]《あご》に注がれている。
 しかしこの※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]に注がれているのは、この二つの目ばかりではない。目が今二つある。
 今二つの目の主《ぬし》は七つか八つ位の娘である。無理に上げたようなお煙草《たばこぼん》盆に、小さい花簪《はなかんざし》を挿している。
 白い手拭《てぬぐい》を畳んで膝《ひざ》の上に置いて、割箸を割って、手に持って待っているのである。
 男が肉を三|切《きれ》四切食った頃に、娘が箸を持った手を伸べて、一切れの肉を挟もうとした。男に遠慮がないのではない。そんならと云って男を憚《はばか》るとも見えない。
「待ちねえ。そりゃあまだ煮えていねえ。」
 娘はおとなしく箸を持った手を引っ込めて、待っている。
 永遠に渇している目には、娘の箸の空《むな》しく進んで空しく退いたのを見る程の余裕がない。
 暫《しばら》くすると、
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