牛鍋
森鴎外
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)鍋《なべ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三|切《きれ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]
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鍋《なべ》はぐつぐつ煮える。
牛肉の紅《くれない》は男のすばしこい箸《はし》で反《かえ》される。白くなった方が上になる。
斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱《ねぎ》は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。
箸のすばしこい男は、三十前後であろう。晴着らしい印半纏《しるしばんてん》を着ている。傍《そば》に折鞄《おりかばん》が置いてある。
酒を飲んでは肉を反す。肉を反しては酒を飲む。
酒を注いで遣《や》る女がある。
男と同年位であろう。黒繻子《くろじゅす》の半衿《はんえり》の掛かった、縞《しま》の綿入に、余所行《よそゆき》の前掛をしている。
女の目は断えず男の顔に注がれている。永遠に渇しているような目である。
目の渇
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