あの廊下の所の障子がはずしてある。松はまだ起きて縫物をしている筈である。今時分どこへ往くのだと聞かれた時、なんとも返事のしようがない。何か買いに出ると云ったら、松が自分で行こうと云うだろう。して見れば、どんなに往って見たくても、そっと往って見ることは出来ない。ええ、どうしたら好かろう。けさ内へ帰る時は、ちっとも早くあの人に逢いたいと思ったが、あの時逢ったら、わたしはなんと云っただろう。逢ったら、わたしの事だから、取留のない事ばかり言ったに違いない。そうしたらあの人が又好い加減の事を言って、わたしを騙してしまっただろう。あんな利口な人だから、どうせ喧嘩をしては※[#「りっしんべん+(匚<夾)」、第3水準1−84−56]《かな》わない。いっそ黙っていようか。しかし黙っていてどうなるだろうか。あんな女が附いていては、わたしなんぞはどうなっても構わぬ気になっているだろう。どうしよう。どうしよう。
 こんな事を繰り返し繰り返し思っては、何遍か思想が初の発足点《ほっそくてん》に跡戻《あともどり》をする。そのうちに頭がぼんやりして来て、何がなんだか分からなくなる。しかしとにかく烈《はげ》しく夫に打っ
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