では今のようでなかったかと云えば、「それは商売を手広に遣り出さない前の事だ」と云う。末造は池の端へ越すまでは、何もかも一人でしていたのに、今は住まいの近所に事務所めいたものが置いてある外に、竜泉寺町《りゅうせんじまち》にまで出張所とでも云うような家があって、学生が所謂《いわゆる》金策のために、遠道を踏まなくても済むようにしてある。根津で金のいるものは事務所に駈け附ける。吉原でいるものは出張所に駈け附ける。後《のち》には吉原の西の宮と云う引手茶屋と、末造の出張所とは気脈を通じていて、出張所で承知していれば、金がなくても遊ばれるようになっていた。宛然《えんぜん》たる遊蕩《ゆうとう》の兵站《へいたん》が編成せられていたのである。
 末造夫婦は新《あらた》に不調和の階級を進める程の衝突をせずに、一月ばかりも暮していた。つまりその間《あいだ》は末造の詭弁《きべん》が功を奏していたのである。然るに或る日意外な辺から破綻《はたん》が生じた。
 さいわい夫が内にいるので、朝の涼しいうちに買物をして来ると云って、お常は女中を連れて広小路まで行った。その帰りに仲町を通り掛かると、背後《うしろ》から女中が袂
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