とはなかったのである。それが生活の上の苦労がなくなると同時に、始て退屈と云うことを知った。
 それでもお玉の退屈は、夕方になると、檀那が来て慰めてくれるから、まだ好い。可笑《おか》しいのは、池の端へ越した爺いさんの身の上で、これも渡世に追われていたのが、急に楽になり過ぎて、自分でも狐《きつね》に撮《つま》まれたようだと思っている。そして小さいランプの下《した》で、これまでお玉と世間話をして過した水入らずの晩が、過ぎ去った、美しい夢のように恋しくてならない。そしてお玉が尋ねて来そうなものだと、絶えずそればかり待っている。ところがもう大分《だいぶ》日が立ったのに、お玉は一度も来ない。
 最初一日二日の間、爺いさんは綺麗《きれい》な家に這入った嬉しさに、田舎出の女中には、水汲《みずくみ》や飯炊《めしたき》だけさせて、自分で片附けたり、掃除をしたりして、ちょいちょい足らぬ物のあるのを思い出しては、女中を仲町へ走らせて、買って来させた。それから夕方になると、女中が台所でことこと音をさせているのを聞きながら、肘掛窓《ひじかけまど》の外の高野槙《こうやまき》の植えてある所に打水をして、煙草を喫《の》
前へ 次へ
全167ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング