した。そして二人を座鋪へ入れて置いて、世話をする婆あさんを片蔭へ呼んで、紙に包んだ物を手に握らせて、何やら※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]いた。婆あさんはお歯黒を剥《は》がした痕《あと》のきたない歯を見せて、恭しいような、人を馬鹿にしたような笑いようをして、頭を二三遍屈めて、そのまま跡へ引き返して行った。
座鋪に帰って、親子のものの遠慮して這入口に一塊《ひとかたまり》になっているのを見て、末造は愛想《あいそ》好く席を進めさせて、待っていた女中に、料理の注文をした。間もなく「おとし」を添えた酒が出たので、先《ま》ず爺いさんに杯《さかずき》を侑《すす》めて、物を言って見ると、元は相応な暮しをしただけあって、遽《にわか》に身なりを拵《こしら》えて座敷へ通った人のようではなかった。
最初は爺いさんを邪魔にして、苛々《いらいら》したような心持になっていた末造も、次第に感情を融和させられて、全く預想《よそう》しなかった、しんみりした話をすることになった。そして末造は自分の持っている限《かぎり》のあらゆる善良な性質を表へ出すことを努めながら、心の奥には、おとなしい気立の、お玉に信頼する
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