ぞを選んで立てたものゆえ、どことなく住心地が好さそうである。入口の格子戸から、花崗石《みかげいし》を塗り込めた敲《たた》きの庭まで、小ざっぱりと奥床しげに出来ている。
末造は一晩床の上に寝転んで、二つの中《うち》どれにしようかと考えた。傍には女房が子供を寐《ね》かそうと思って、自分も一しょに寐入ってしまって、大きな口を開《あ》いて、女らしくない鼾《いびき》をしている。亭主が夜、貸金の利廻しを考えて、いつまでも眠らずにいるのは常の事なので、女房は何時《いつ》まで亭主が目を開いていようが、少しも気になんぞはせぬのである。末造は腹のうちで可笑《おか》しくてたまらない。考えつつ女房の顔を見て、こう思った。「まあ、同じ女でもこんな面《つら》をしているのもある。あのお玉はだいぶ久しく見ないが、あの時はまだ子供上がりであったのに、おとなしい中に意気な処のある、震い附きたいような顔をしていた。さぞこの頃は女振を上げているだろうな。顔を見るのが楽みだな。かかあ奴《め》。平気で寐てけつかる。己だって、いつも金のことばかり考えているのだと思うと、大違いだぞ。おや。もう蚊が出やがった。下谷はこれだから厭だ。
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