oてから三十分も立ってはいぬのである。
末造は又どこを当ともなしに、淡路町《あわじちょう》から神保町《じんぼうちょう》へ、何か急な用事でもありそうな様子をして歩いて行く。今川小路の少し手前に御茶漬と云う看板を出した家がその頃あった。二十銭ばかりでお膳を据えて、香の物に茶まで出す。末造はこの家を知っているので、午《ひる》を食べに寄ろうかと思ったが、それにはまだ少し早かった。そこを通り過ぎると、右へ廻って俎橋《まないたばし》の手前の広い町に出る。この町は今のように駿河台《するがだい》の下まで広々と附いていたのではない。殆ど袋町《ふくろまち》のように、今末造の来た方角へ曲がる処で終って、それから医学生が虫様突起と名づけた狭い横町が、あの山岡鉄舟の字を柱に掘り附けた社《やしろ》の前を通っていた。これは袋町めいた、俎橋の手前の広い町を盲腸に譬《たと》えたものである。
末造は俎橋を渡った。右側に飼鳥《かいとり》を売る店があって、いろいろな鳥の賑《にぎ》やかな囀《さえず》りが聞える。末造は今でも残っているこの店の前に立ち留まって、檐《のき》に高く弔《つ》ってある鸚鵡《おうむ》や秦吉了《いんこ》の
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