繧、》だのを受けてはいない。なるほど無縁坂と云うものが新に出来たには相違ない。しかし世間の男のように、自分はその為めに、女房に冷澹《れいたん》になったとか、苛酷になったとか云うことはない。寧《むし》ろこれまでよりは親切に、寛大に取り扱っている。戸口は依然として開け放されているではないかと思うのである。
無論末造のこう云う考には、身勝手が交っている。なぜと云うに、物質的に女房に為向ける事がこれまでと変らぬにしても、又自分が女房に対する詞や態度が変らぬにしても、お玉と云うものがいる今を、いなかった昔と同じように思えと云うのは、無理な要求である。お常がために目の内の刺《とげ》になっているお玉ではないか。それを抜いて安心させて遣ろうと云う意志が自分には無いではないか。固《もと》よりお常は物事に筋道を立てて考えるような女ではないから、そんな事をはっきり意識してはいぬが、末造の謂《い》う戸口が依然として開け放されてはいない。お常が現在の安心や未来の希望を覗《のぞ》く戸口には、重くろしい、黒い影が落ちているのである。
或る日末造は喧嘩《けんか》をして、内をひょいと飛び出した。時刻は午前十時過ぎで
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