驍、ちに、お貞が「あなた岡田さんがお近づきですね」と云った。
お玉はまだ岡田と云う名を知らない。それでいて、お師匠さんの云うのはあの学生さんの事だと云うこと、こう聞かれるのは自分に辞儀をした所を見られたのだと云うこと、この場合では厭でも知った振をしなくてはならぬと云うことなどが、稲妻のように心頭を掠《かす》めて過ぎた。そして遅疑した跡をお貞が認め得ぬ程|速《すみや》かに、「ええ」と答えた。
「あんなお立派な方でいて、大層品行が好くてお出なさるのですってね」とお貞が云った。
「あなた好く御存じね」と大胆にお玉が云った。
「上条のお上さんも、大勢学生さん達が下宿していなすっても、あんな方は外にないと云っていますの」こう云って置いて、お貞は帰った。
お玉は自分が褒められたような気がした。そして「上条、岡田」と口の内で繰り返した。
拾漆《じゅうしち》
お玉の所へ末造の来る度数は、時の立つに連れて少くはならないで、却って多くなった。それはこれまでのように極《き》まって晩に来る外に、不規則な時間にちょいちょい来るようになったのである。なぜそうなったかと云うに、女房のお常がうるさ
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