申《まを》しますがいかがいたしませう」と云《い》つた。
「ふん、坊主《ばうず》か」と云《い》つて閭《りよ》は暫《しばら》く考《かんが》へたが、「兎《と》に角《かく》逢《あ》つて見《み》るから、こゝへ通《とほ》せ」と言《い》ひ附《つ》けた。そして女房《にようばう》を奧《おく》へ引《ひ》つ込《こ》ませた。
 元來《ぐわんらい》閭《りよ》は科擧《くわきよ》に應《おう》ずるために、經書《けいしよ》を讀《よ》んで、五|言《ごん》の詩《し》を作《つく》ることを習《なら》つたばかりで、佛典《ぶつてん》を讀《よ》んだこともなく、老子《らうし》を研究《けんきう》したこともない。しかし僧侶《そうりよ》や道士《だうし》と云《い》ふものに對《たい》しては、何故《なぜ》と云《い》ふこともなく尊敬《そんけい》の念《ねん》を持《も》つてゐる。自分《じぶん》の會得《ゑとく》せぬものに對《たい》する、盲目《まうもく》の尊敬《そんけい》とでも云《い》はうか。そこで坊主《ばうず》と聞《き》いて逢《あ》はうと云《い》つたのである。
 間《ま》もなく這入《はひ》つて來《き》たのは、一|人《にん》の背《せ》の高《たか》い僧《そう
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