ふ僧《そう》は、まだ當寺《たうじ》にをられますか。」
 道翹《だうげう》は不審《ふしん》らしく閭《りよ》の顏《かほ》を見《み》た。「好《よ》く御存《ごぞん》じでございます。先刻《せんこく》あちらの厨《くりや》で、寒山《かんざん》と申《まを》すものと火《ひ》に當《あた》つてをりましたから、御用《ごよう》がおありなさるなら、呼《よ》び寄《よ》せませうか。」
「はゝあ。寒山《かんざん》も來《き》てをられますか。それは願《ねが》つても無《な》い事《こと》です。どうぞ御苦勞《ごくらう》序《ついで》に厨《くりや》に御案内《ごあんない》を願《ねが》ひませう。」
「承知《しようち》いたしました」と云《い》つて、道翹《だうげう》は本堂《ほんだう》に附《つ》いて西《にし》へ歩《ある》いて行《ゆ》く。
 閭《りよ》が背後《うしろ》から問《と》うた。「拾得《じつとく》さんはいつ頃《ごろ》から當寺《たうじ》にをられますか。」
「もう餘程《よほど》久《ひさ》しい事《こと》でございます。あれは豐干《ぶかん》さんが松林《まつばやし》の中《なか》から拾《ひろ》つて歸《かへ》られた捨子《すてご》でございます。」
「はあ。
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