好いぜ。一体何人ゐるのだい。」
「十一人ゐます。」
「やれ/\、馬鹿な奴等だな。イルクツクではお前方の評判ばかりしてゐる。それに皆固まつて歩いてゐるのかい。」
爺いさんはボオトに乗つて帰つて行きました。
わたくし共は谷の奥に引つ込んで、茶や汁を煮直して食べて、食料を頭割に分けて、爺いさんの教へた通りに、別れる事にしました。
わたくしはダルジンと一しよに行く。マカロフとチエルケス人、それから韃靼人と外二人と、それから残つた三人と、かういふ組に別れたのです。
それから大ぶ久しくなりますが、外の連中にはその後逢ひません。誰が生きてゐるか、誰が死んでしまつたか、知りません。後になつてから韃靼人もこの土地へ来た事があるといふ事を聞きましたが、本当だかどうだか知りません。
わたくし共はその夜の内にこつそりニコラエウスクの側を通り抜けてしまひました。只或る家の犬が一度吠えたばかりでした。
翌朝日の出た頃には、もう森の中を十ヱルストも歩いて、街道の近くに出てゐました。
その時突然鈴の音がしたので、わたくし共二人は木立の蔭に隠れて見てゐると、三頭立の馬車が通ります。それに乗つて、外套を体に巻いて眠つてゐたのが、ニコラエウスクの裁判所長でした。
それを見てわたくしとダルジンとは、「やれ/\、難有い事だつた、あいつがゆうべ帰つてゐたら掴まへに来ずには置かなかつただらう」と云つて、十字を切りました。」
九
煖炉の火は消えた。併しこの時は天幕の中は殆ど煖炉の中のやうに暖かになつてゐた。窓の氷が解け始めてゐる。それを見ると、外の寒気の薄らいだのが分かる。なぜといふに寒の強い時は、天幕の中はどんなに温めても、窓の氷の解ける事はないのである。そこで我々は煖炉に薪をくべる事を止めた。それから己は例の煙突の中蓋を締めに出た。
霧は実際全く晴れてしまつてゐる。空気が透明になつて、少し寒さが薄らいだらしい。北の方を見ると黒く見える森に包まれてゐる岡の頂の背後《うしろ》に、白い、鈍く光る雲が出て、それが早く空に拡がつて行く。その様子は、巨人が深い溜息を衝いて、その大きな胸から出た息が、音もなく空に立ち昇つて、拡がつて消えるのかと思はれる。極光が弱く光つてゐる。
己は悲しいやうな感じの出て来るのに身を任せて、屋根の上に立つてゐる。己の目は物案じをしながら遠方を見廻してゐる。
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