@な身の上話がある。丁度《ちょうど》あの Zola《ゾラ》 の Lourdes《ルウルド》 で、汽車の中に乗り込んでいて、足の創《きず》の直った霊験を話す小娘の話のようなものである。度々同じ事を話すので、次第に修行が詰んで、routine《ルウチイヌ》 のある小説家の書く文章のようになっている。ロダンの不用意な問は幸《さいわい》にもこの腹藁《ふっこう》を破ってしまった。
「山は遠うございます。海はじきそばにございます。」
 答はロダンの気に入った。
「度々舟に乗りましたか。」
「乗りました。」
「自分で漕《こ》ぎましたか。」
「まだ小さかったから、自分で漕いだことはございません。父が漕ぎました。」
 ロダンの空想には画が浮かんだ。そしてしばらく黙っていた。ロダンは黙る人である。
 ロダンは何の過渡もなしに、久保田にこう云った。「マドモアセユはわたしの職業を知っているでしょう。着物を脱ぐでしょうか。」
 久保田はしばらく考えた。外の人のためになら、同国の女を裸体にする取次は無論しない。しかしロダンがためには厭《いと》わない。それは何も考えることを要せない。ただ花子がどう云うだろうかと思っ
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