テい、金縁《きんぶち》の本は、聖書かと思って開けて見ると、Divina《ヂヰナ》 comedia《コメヂア》 の Edition《エヂション》 de《ド》 poche《ポッシュ》 であった。手前の方に斜に置いてある本を取って見ると、Beaudelaire《ボオドレエル》 が全集のうちの一巻であった。
 別に読もうという気もなしに、最初のペエジを開けて見ると、おもちゃの形而上学《けいじじょうがく》という論文がある。何を書いているかと思って、ふいと読み出した。
 ボオドレエルが小さいとき、なんとかいうお嬢さんの所へ連れて行かれた。そのお嬢さんが部屋に一ぱいのおもちゃを持っていて、どれでも一つやろうと云ったという記念から書き出してある。
 子供がおもちゃを持って遊んで、しばらくするときっとそれを壊《こわ》して見ようとする。その物の背後《うしろ》に何物があるかと思う。おもちゃが動くおもちゃだと、それを動かす衝動の元を尋ねて見たくなるのである。子供は Physique《フィジック》 より 〔Me'taphysique〕《メタフィジック》 に之《ゆ》くのである。理学より形而上学に之《ゆ》くのである。
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