僅《わず》か四五ペエジの文章なので、面白さに釣られてとうとう読んでしまった。
 その時戸をこつこつ叩く音がして、戸を開いた。ロダンが白髪頭《しらがあたま》をのぞけた。
「許して下さい。退屈したでしょう。」
「いいえ、ボオドレエルを読んでいました」と云いながら、久保田は為事場に出て来た。
 花子はもうちゃんと支度をしている。
 卓の上には esquisses《エスキス》 が二枚出来ている。
「ボオドレエルの何を読みましたか。」
「おもちゃの形而上学です。」
「人の体も形が形として面白いのではありません。霊の鏡です。形の上に透《す》き徹《とお》って見える内の焔《ほのお》が面白いのです。」
 久保田が遠慮げにエスキスを見ると、ロダンは云った。「粗《あら》いから分かりますまい。」
 しばらくして又云った。「マドモアセユは実に美しい体を持っています。脂肪は少しもない。筋肉は一つ一つ浮いている。Foxterriers《フォックステリエエ》 の筋肉のようです。腱《けん》がしっかりしていて太いので、関節の大さが手足の大さと同じになっています。足一本でいつまでも立っていて、も一つの足を直角に伸ばして
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