「ない。しかし十七の娘盛なのに、小間使としても少し受け取りにくい姿である。一言で評すれば、子守《こもり》あがり位にしか、値踏が出来兼ねるのである。
意外にもロダンの顔には満足の色が見えている。健康で余り安逸を貪《むさぼ》ったことの無い花子の、いささかの脂肪をも貯えていない、薄い皮膚の底に、適度の労働によって好く発育した、緊張力のある筋肉が、額と腮《あご》の詰まった、短い顔、あらわに見えている頸《くび》、手袋をしない手と腕に躍動しているのが、ロダンには気に入ったのである。
ロダンの差し伸べた手を、もう大分《だいぶ》ヨオロッパ慣れている花子は、愛相の好い微笑を顔に見せて握った。
ロダンは二人に椅子を侑《すす》めた。そして興行師に、「少し応接所で待っていて下さい」と云った。
興行師の出て行った跡で、二人は腰を掛けた。
ロダンは久保田の前に烟草《たばこ》の箱を開けて出しながら、花子に、「マドモアセユの故郷には山がありますか、海がありますか」と云った。
花子はこんな世渡《よわたり》をする女の常として、いつも人に問われるときに話す、きまった、〔ste're'otype〕《スシレオチイプ》 な身の上話がある。丁度《ちょうど》あの Zola《ゾラ》 の Lourdes《ルウルド》 で、汽車の中に乗り込んでいて、足の創《きず》の直った霊験を話す小娘の話のようなものである。度々同じ事を話すので、次第に修行が詰んで、routine《ルウチイヌ》 のある小説家の書く文章のようになっている。ロダンの不用意な問は幸《さいわい》にもこの腹藁《ふっこう》を破ってしまった。
「山は遠うございます。海はじきそばにございます。」
答はロダンの気に入った。
「度々舟に乗りましたか。」
「乗りました。」
「自分で漕《こ》ぎましたか。」
「まだ小さかったから、自分で漕いだことはございません。父が漕ぎました。」
ロダンの空想には画が浮かんだ。そしてしばらく黙っていた。ロダンは黙る人である。
ロダンは何の過渡もなしに、久保田にこう云った。「マドモアセユはわたしの職業を知っているでしょう。着物を脱ぐでしょうか。」
久保田はしばらく考えた。外の人のためになら、同国の女を裸体にする取次は無論しない。しかしロダンがためには厭《いと》わない。それは何も考えることを要せない。ただ花子がどう云うだろうかと思っ
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