テい、金縁《きんぶち》の本は、聖書かと思って開けて見ると、Divina《ヂヰナ》 comedia《コメヂア》 の Edition《エヂション》 de《ド》 poche《ポッシュ》 であった。手前の方に斜に置いてある本を取って見ると、Beaudelaire《ボオドレエル》 が全集のうちの一巻であった。
別に読もうという気もなしに、最初のペエジを開けて見ると、おもちゃの形而上学《けいじじょうがく》という論文がある。何を書いているかと思って、ふいと読み出した。
ボオドレエルが小さいとき、なんとかいうお嬢さんの所へ連れて行かれた。そのお嬢さんが部屋に一ぱいのおもちゃを持っていて、どれでも一つやろうと云ったという記念から書き出してある。
子供がおもちゃを持って遊んで、しばらくするときっとそれを壊《こわ》して見ようとする。その物の背後《うしろ》に何物があるかと思う。おもちゃが動くおもちゃだと、それを動かす衝動の元を尋ねて見たくなるのである。子供は Physique《フィジック》 より 〔Me'taphysique〕《メタフィジック》 に之《ゆ》くのである。理学より形而上学に之《ゆ》くのである。
僅《わず》か四五ペエジの文章なので、面白さに釣られてとうとう読んでしまった。
その時戸をこつこつ叩く音がして、戸を開いた。ロダンが白髪頭《しらがあたま》をのぞけた。
「許して下さい。退屈したでしょう。」
「いいえ、ボオドレエルを読んでいました」と云いながら、久保田は為事場に出て来た。
花子はもうちゃんと支度をしている。
卓の上には esquisses《エスキス》 が二枚出来ている。
「ボオドレエルの何を読みましたか。」
「おもちゃの形而上学です。」
「人の体も形が形として面白いのではありません。霊の鏡です。形の上に透《す》き徹《とお》って見える内の焔《ほのお》が面白いのです。」
久保田が遠慮げにエスキスを見ると、ロダンは云った。「粗《あら》いから分かりますまい。」
しばらくして又云った。「マドモアセユは実に美しい体を持っています。脂肪は少しもない。筋肉は一つ一つ浮いている。Foxterriers《フォックステリエエ》 の筋肉のようです。腱《けん》がしっかりしていて太いので、関節の大さが手足の大さと同じになっています。足一本でいつまでも立っていて、も一つの足を直角に伸ばして
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