十に間もないお方だ。それにお前の見る通りの真面目なお方だ。どうだらう。」
かう云つて、久保田はぢつと花子の顔を見てゐる。はにかむか、気取るか、苦情を言ふかと思ふのである。
「わたしなりますわ。」きさくに、さつぱりと答へた。
「承諾しました」と、久保田がロダンに告げた。
ロダンの顔は喜にかゞやいた。そして椅子から起ち上がつて、紙とチヨオクとを出して、卓の上に置きながら、久保田に言つた。「ここにゐますか。」
「わたくしの職業にも同じ必要に遭遇することはあるのです。併しマドモアセユの為めに不愉快でせう。」
「さうですか。十五分か二十分で済みますから、あそこの書籍室へでも行つてゐて下さい。葉巻でも附けて。」ロダンは一方の戸口を指ざした。
「十五分か二十分で済むさうです」と、花子に言つて置いて、久保田は葉巻に火を附けて、教へられた戸の奥に隠れた。
* * * * * *
久保田の這入つた、小さい一間は、相対してゐる両側に戸口があつて、窓は只一つある。その窓の前に粧飾のない卓が一つ置いてある。窓に向き合つた壁と、其両翼になつてゐる処とに本箱があ
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