つてゐる。ロダンの不用意な問は幸にも此腹藁を破つてしまつた。
「山は遠うございます。海はぢき傍にございます。」
答はロダンの気に入つた。
「度々舟に乗りましたか。」
「乗りました。」
「自分で漕ぎましたか。」
「まだ小さかつたから、自分で漕いだことはございません。父が漕ぎました。」
ロダンの空想には画が浮かんだ。そして暫く黙つてゐた。ロダンは黙る人である。
ロダンは何の過渡もなしに、久保田にかう云つた。「マドモアセユはわたしの職業を知つてゐるでせう。着物を脱ぐでせうか。」
久保田は暫く考へた。外の人の為めになら、同国の女を裸体にする取次は無論しない。併しロダンが為めには厭はない。それは何も考へることを要せない。只花子がどう云ふだらうかと思つたのである。
「兎に角話して見ませう。」
「どうぞ。」
久保田は花子にかう云つた。「少し先生が相談があると云ふのだがね。先生が世界に又とない彫物師で、人の体を彫る人だといふことは、お前も知つてゐるだらう。そこで相談があるのだ。一寸裸になつて見せては貰はれまいかと云つてゐるのだ。どうだらう。お前も見る通り、先生はこんなお爺いさんだ。もう今に七
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