た事があるのじゃないか。
モデル。一向出来ませんわ。すこおし読め出すと内が台なしになってしまったもんですから。
画家。急に貧乏になったのかい。
モデル。ええ。出し抜けでしたの。お父《とっ》さんが相場をして。
画家。そうかい。それじゃあ読めば読めるのだな。
モデル。ええ。読めますわ。小さい時にはお父さんの本棚の前に行って、見ていまして、これが読めたらと思っていたのです。それから読めるようになったら。
画家。ふん。読めるようになったらどうしたのだ。
モデル。その時はもう本なんか無くなっていましたの。
画家。そうかい。みんな差押えられてしまったのだな。
モデル。ええ。
画家。その後《のち》どうしているのだ。
モデル。こうしていますわ。(打萎《うちしお》れたる様子。)
画家。そこいらにある本で好いなら。いつでも持って行くが好いぜ。(本棚を指ざす。)
モデル。難有《ありがと》うございます。いつか中《じゅう》も願って見ようかと思っていましたの。(間。)
画家。格別|冊数《さつかず》はないが、あの中にでも何かしらあるだろう。(間。)何んだってそんなに己の顔を見るんだい。
モデル。あなたは丁度いつか中
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