わ》り枠なぞを倒し、紙の張りある板何枚かをひっくり返して、その一枚を画架に載せ、箪笥を引開け、チョオクの入れある箱を取出《とりいだ》し、大急ぎにてかき始む。為事に熱中しつつ。)それで好い。手はそのまま垂らしても好い。(フロックコオトの上着を脱いで床《ゆか》の上に投《ほう》り出《いだ》す。娘は姿勢を保ちいる。画家は為事を続く。)手はどうでも好いのだ。顔さえそうしていて貰えば好い。(娘は驚の余りに麻痺したる如《ごと》き様子にて両手を後《うしろ》に引く。画家は詞無く、為事を続く。娘、突然激しく感動したる様子にて両手にて顔を覆う。)おい。どうしたんだい。為様《しよう》がないなあ。もう駄目だ。(娘泣く。画家チョオクを投ぐ。)ええ、くそ。もう駄目だ。
モデル。(驚きたる様子。)御免なさいよ。わたしはつい。(両手を顔より放して元の姿勢に返る。)
画家。(憤然として。)そうしていさえすれば好かったのだ。なんだってあんな真似《まね》をしたのだい。
モデル。(ひどく間の悪気に。)本当に御免なさいよ。つい。
画家。そんな顔になっちゃあ為方はありゃしない。今日はもうおしまいだ。(娘は悲し気に立ちいる。)おしま
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