言《こと》ではなくて、此篇を嫉視する積極の言である。
 此|嫉悪《しつを》は果して何《いづ》れの処より来るか。わたくしは其情を推することの甚|難《かた》からざるべきを思ふ。凡そ更新を欲するものは因襲を悪《にく》む。因襲を悪むこと甚しければ、歴史を観ることを厭ふこととなる。此の如き人は更新を以て歴史を顧慮して行ふべきものとはなさない。今の新聞紙には殆ど記事の歴史に渉《わた》るものが無い。その偶《たま/\》これあるは多く售《う》れざる新聞紙である。
 蘭軒伝の世に容れられぬは、独り文が長くして人を倦ましめた故では無い。実はその往事を語るが故である。歴史なるが故である。人は或は此篇の考証を事としたのを、人に厭はれた所以だと謂つてゐる。しかし若し考証の煩を厭ふならば、其人はこれを藐視して已むべきで、これを嫉視するに至るべきでは無い。
 以上の推窮は略《ほゞ》反対者の心理状態を悉《つく》したものであらうとおもふ。わたくしは猶進んで反対者が蘭軒伝を読まぬ人で無くて、これを読む人であつたことを推する。読まぬものは怒《いか》る筈がない。怒は彼|虚舟《きよしう》にも比すべき空白の能く激し成す所ではないからである。
 わたくしの渋江抽斎、伊沢蘭軒等を伝したのが、常識なきの致す所だと云ふことは、必ずや彼書牘の言《こと》の如くであらう。そしてわたくしは常識なきがために、初より読者の心理状態を閑却したのであらう。しかしわたくしは学殖なきを憂ふる。常識なきを憂へない。天下は常識に富める人の多きに堪へない。
 わたくしは筆を擱《さしお》くに臨んで、先づ此等の篇を載せて年を累《かさ》ね、謗書旁午《ばうしよばうご》の間にわたくしをして稿を畢《を》ふることを得しめた新聞社に感謝する。次にわたくしは彼笥《あのし》を傾けて文書を借し、柬《かん》を裁して事実を報じ、編述を助成した諸友と、此等の稿を読んで著者の痴頑《ちぐわん》を責めなかつた少数の未見の友とに感謝する。
 最後にわたくしは渋江伊沢等諸名家の現存せる末裔の健康を祝する。(終。)



底本:「鴎外選集 第7巻」岩波書店
   1979(昭和54)年5月22日第1刷発行
   「鴎外選集 第8巻」岩波書店
   1979(昭和54)年6月22日第1刷発行
初出:「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」
   1916(大正5)年6月〜1917(大正6)年9月
※「讚」と「讃」、「辞」と「辭」の混在は底本通りにしました。
※「専本《せんほん》」と「復専本《またせんぽん》」があり「せんほん」か「せんぽん」かの判断に迷いましたが、断定的な注記を行うことに困難を感じましたので、そのままにしました。また、「卓子《しつぼく》料理」も「しつぽく」が正しいのではないかと思いましたがこれも判断がつかずそのままにしました。
入力:網迫、小林繁雄
校正:松永正敏
2005年1月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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