日暑甚し。行程八里許。」
 蘭軒の父信階は板橋で曲淵を待ち受けて謁見したものと見える。
 頼子善、名は遷《せん》、竹里《ちくり》と号した。蘭軒を板橋迄見送つた。富士川さんは「子善は蘭軒の家に寓してゐたのではなからうか」と云ふ。或はさうかも知れない。此人の山陽の親戚であることは略《ほゞ》察せられるが、其詳なることは知れてゐない。
 わたくしはこれを頼家の事に明い人々に質《たゞ》した。木崎好尚《きざきかうしやう》さんは頼遷は即頼公遷であらうと云ふ。公遷号は養堂、通称は千蔵である。山陽の祖父又十郎|惟清《これきよ》の弟伝五郎|惟宣《これのぶ》の子である。坂本|箕山《きざん》さんも亦、頼綱《らいかう》の族であらうと云ふ。綱、字は子常《しじやう》、号は立斎《りつさい》、通称は常太《つねた》で、公遷の子である。
 幸にしてわたくしの近隣には、山陽の二子|支峰《しほう》の孫久一郎さんの姻戚熊谷|兼行《かねゆき》さんが住んでゐるから、頼家に質して貰ふことにして置いたが、未だ其答に接せない。
 ※[#「くさかんむり/姦」、7巻−58−下−2]斎詩集には「到板橋駅作」がある。「生来未歴旅程遐。此日真堪向客
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