には三種の系図を包容してゐる。
第一は初代池田瑞仙が寛政十二年庚申四月に幕府に呈した系図である。わたくしは早く此にその頗る杜撰のものであつたことをことわつて置く。今便宜上これを錦橋本と名づける。第二は初代池田瑞仙の曾祖父|嵩山正直《すうざんまさなほ》、初代瑞仙は誤つてこれを祖父とした。此嵩山正直の弟|成俊《せいしゆん》の玄孫|水津《すゐづ》氏某女の有してゐた所の系図である。是は体裁の整はぬものでありながら、書法真率にして牽強の痕がない。今これを水津本と名づける。第三は京水が水津本を用ゐて錦橋本を訂正した系図で、所謂|参正《さんせい》池田家譜である。今これを京水本と名づける。
わたくしは前《さき》に再び京水を説いた時、初代瑞仙の宗家を襲《つ》いだ霧渓晋《むけいしん》の姻家窪田氏所蔵の「池田氏系図」を引用した。今よりして看れば、是は前三本とは全く別で、錦橋本の本づく所である。初代瑞仙の曾祖父嵩山正直の妹が溝挾《みぞはさ》氏に嫁した。其裔溝挾瀬兵衛が此系図を有してゐた。初代瑞仙は系図を幕府に呈せむがために、これを借抄したのである。今これを溝挾本と名づける。
その二百二十二
前へ
次へ
全1133ページ中692ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング