家である。君侯のお手が附いたと云ふ虚説が伝へられたために、暇《いとま》を乞うたさうである。
 たかの柏軒に嫁したのは、自ら薦めたのださうである。「磐安《ばんあん》さんがわたしを女房《にようぼ》に持つてくれぬかしら」とは、たかの屡《しば/\》口にした所であつた。推するに橋わたしは石川であつたかも知れない。当時|懐之《くわいし》の家は富裕であつた。然るにたかはみづから択んで一諸生たる柏軒に嫁《か》したのである。
 保さんは彼「失はれたるマニユスクリイ」抽斎日乗に、五六枚の記事のあつたことを記憶してゐる。それは諸友の柏軒たかの華燭を賀した詩歌であつた。中には狂歌狂句俗謡の類で、文字の稍《やゝ》褻《せつ》に亘つたものが夾雑してゐた。女のしかけた恋だと云ふ故であつたらしい。

     その二百十七

 わたくしは渋江抽斎の日乗に、柏軒と狩谷氏たかとの合※[#「丞/巳」、8巻−45−上−5]《がふきん》を祝する詩歌、俳諧、俗謡があつて、中には稍褻に亘つたものゝあつたことを語つた。そして是がたかの自ら薦めた故であつたらしいと云つた。しかしたかの此の如き揶揄を被《かうむ》つたには、猶別に原因があるら
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