聞いたと云つたのである。里恵は原告節斎に有利なる証言をなしたのに、思軒は誤つて被告鰐水に有利なる証言をなしたものとした。
 推するに是は思軒の記憶の誤、若くは筆写の誤であらう。わたくしは亡友の文疵《ぶんし》を扞《あば》くに意あるものではない。わたくしは今も猶思軒の文を愛好してゐる。わたくしは只里恵がいかに山陽の終焉を観察したかを明にせむと欲するが故に、已むことを得ずしてこれに言及したに過ぎない。
 里恵は行状中「不脱眼鏡而瞑」の段を否認したらしい。しかし其|言《こと》は消極的で、しかも後人は間接に節斎の口よりこれを聞くのである。若し此に積極的言明があつて、直接に里恵に由つて発表せられてゐるとしたなら、その傾聴するに足ることは何人《なにひと》と雖も首肯すべきであらう。
 然るに此の如き里恵の言明は儼存してゐる。人の珍蔵する所の文書でもなく、又僻書でもない。田能村竹田の屠赤瑣々録《とせきさゝろく》中の里恵の書牘である。
 わたくしは前《さき》に里恵の山陽に嫁した年を言ふに当つて、既に一たびこれを引いた。そして今再びこれを引いて煩を憚らない。わたくしは敢て貴重なるものを平凡なるものの裏《うち
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